アンチエイジングとロコモ

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現在日本は世界に誇る長寿国です。厚生労働省の発表した2010年の簡易生命表によると平均寿命は、男性で79.64歳、女性で86.39歳です。約50年前の平均寿命と比較すると男女ともに約20歳伸長しており、男性はほぼ5人に1人が、女性は4人に1人が高齢者という急速に高齢化が進んだ社会ともいえます。

日常的に介護を必要とせずに自立した生活ができる生存期間のことを健康寿命といい、2010年の健康寿命は、男性で70.48歳、女性で73.62歳となっています。その開きは実に男性で約9歳、女性では約13歳にもなります。この平均寿命と健康寿命の差をなくすことが「健康長寿」の達成となります。

さて、平均寿命と健康寿命のいわゆる差の部分である、現在における要支援者・要介護者のその原因をみてみると「脳卒中」23.3%、「認知症」14.0%のほか、「関節疾患」12.2%、「転倒・骨折」9.3%で、約5人に1人が「運動器」の障害が原因となっています。

高齢者の大腿骨頚部骨折はこの20年で3倍に増加し、人口膝関節手術はこの10年で2.75倍に増加しています。このような運動器の障害によって、介護・介助が必要な状態になっていたり、そうなるリスクが高くなっていたりする状態を『ロコモティブシンドローム』といいます。つまり、運動器の機能低下が原因で、日常生活を営むのに困難をきたすような歩行機能の低下、あるいはその危険があることを指すのです。『ロコモティブシンドローム』になれば、著しくQOL(=生活の質)が低下し、老化をさらに促進してしまうことになってしまうのです。ロコモは正しい知識を身につけ、若い頃からその予防を心がけることが大切です。直接美肌とは関係ありませんが、是非みなさんに知っておいていただきたいと思いますので、これから数回、ロコモの話をしていきます。

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運動器を構成する主な要素には、支持機構の中心となる骨、支持機構の中で動く部分である関節軟骨、脊椎の椎間板、そして実際に動かす筋肉・神経系があります。これらの要素が連携することによって私たちは歩行が可能になっているのですが、骨年齢の老化は骨粗鬆症・変形性膝関節症、筋年齢の老化はサルコペニア(加齢性筋肉減少症)、神経年齢の老化は認知機能障害につながります。これらの疾患は加齢に伴い徐々に進行し、ある程度進行した段階で診断がなされ、治療が開始されます。

しかし疾患が完成された状態では治療はしばしば困難となります。例をあげれば、完成されたアルツハイマー病を治療するのは不可能に近いと言えるでしょう。これを食い止めるためには、やはり早い段階で機能年齢の弱点を把握し、その弱点を是正していくことが大切です。そのためには医療従事者が予防的観点から検査・診断を行う重要性を認識することはもちろん、一般においても『ロコモティブシンドローム』についての正しい知識を身につけ、常日頃からその予防的対策を行うことが必要となります。

日本整形外科学会が2013年5月に策定した「ロコモ度テスト」というものがあります。これは、①立ち上がりテスト(脚力を調べる)②2ステップテスト(歩幅を調べる)③ロコモ25(身体の状態・生活状況を調べる)の3つのテストから構成されています。それぞれのテストは同世代の平均と比べ、現在の自分の移動能力を確認するためのテストです。それぞれのテストの結果が同世代の平均に達していない場合、現在の状況が改善されないと、将来ロコモになる可能性が高いと考えられています。

皆さんも是非一度トライしてみてください。
https://locomo-joa.jp/check/test/

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「健康長寿」を達成するためには、己の弱点を知り、早めに是正していくことが大切です。

前回紹介した「ロコモ度テスト」の結果はいかがでしたか?

1つでも年代相応の平均に達しない場合は、現在のままの状況が続くと、将来ロコモになる可能性が高いと考えられます。また例えテスト結果が年代相応だからといって、何もしなければ、遠くない将来、ロコモになってしまいます。

40~50歳くらいの方々は、若い時に比べて何となく足腰の衰えを感じても、自分のその移動能力の低下が、将来運動器にトラブルを生じ、要介護になる危険性の高い状態になってしまう、ということを考えてもいないでしょう。

何度も言うようですが、現在の運動器の能力を維持する、もしくは高めるくらいの意識を持っていかなければ、機能は急速に低下して、近い将来自力で外出するのが困難な状況がやってきます。

ロコモの主な原因の3大疾患である変形性腰椎症の患者は日本で3,790万人、変形性膝関節症は2,500万人、骨粗鬆症で腰椎と大腿骨頸部を合わせると、1,700万人であるとされています。この3つのいずれかを煩っている人で換算すると、実に4,700万人にものぼり、これだけの方が運動器障害で寝たきりになる前段階であると推定されています。

日本の人口が約1億2,800万人ですから、3人に1人が運動器障害を持っている状態です。高齢者に限ってみれば、もっと比率は高くなります。ですから今までと同様に何もしなければ、現在移動能力に全く問題ない人もロコモになるリスクが非常に高いことをお分かり頂けることでしょう。

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ロコモが悪化し、自分で自由に移動できない生活が始まると、QOL(=生活の質)にも悪影響が出始めます。 高齢化社会を迎えた現代の日本ではバリアフリーな環境は整備されつつありますが、やはりどこでも自分の思った通りに移動できなくなり、活動範囲が顕著に制限されます。自分の行きたいところに自由に行くことができない、誰かの手を借りなければ日常生活に支障をきたすような状況を考えてみてください。非常に大きなストレスを感じるはずです。

ただでさえストレスは年齢とともに与える影響は大きく、回復力は小さくなります。年をとればとるほどストレスに弱くなります。私が推奨するストレス対策は、寝ることと、歩くことですが、ロコモでは自由に歩くことがかないません。これではストレスは溜まる一方です。また、このような自立した生活が送れない状況は、家族への大きな負担となります。

本来ならストレスを解消すべき場所である心休まる家庭が、自分にとっても家族にとってもストレスを感じる場所になってしまいます。皆さんの中にも、このようなご苦労をされていらっしゃる方も、少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。

アンチエイジング医学が目指しているのは、日々のQOLを高め、天寿を全うする直前まで健康で生き生きとした生活を送ることです。ですから、平均点だから良しとせず、毎日少しでも理想の健康状態に近づける様に、生活習慣の改善に励みましょう。

その5

歩幅は年齢とともに短くなっていきます。これは年齢とともに腹筋や大腿四頭筋の筋量が減少し、筋力が低下するためです。ですので、歩幅を現状のまま維持する、もしくは歩幅を今よりも広くするためには、これらの筋肉を鍛えるか維持することが第一歩となります。

一番良いのは、最も手軽で誰でも取り組めるウォーキングです。ゆっくりウォーキングする時間をとることが難しいビジネスマンの皆さんが効率よく、効果的なウォーキングをするためにはただ漠然と歩けばよいというものではありません。ロコモ予防のためのウォーキング方法として私が皆さんにお勧めしたいのは「脊椎ストレッチウォーキング」です。脊椎ストレッチウォーキングとは、財団法人 兵庫県健康財団 健康指導部が提唱する正しい立ち方、正しい歩き方の理論です。

毎日机に向かってパソコンに向かうことが多い昨今、現代人は姿勢そのものに問題があることがほとんどです。ゆがんだ姿勢の状態でジョギングしたり、ウォーキングしたりしても、重力の影響と筋肉の偏った使い方によって、走れば走るほど、歩けば歩くほど姿勢バランスを悪くして、膝、腰などの整形外科的障害の発症、転倒事故への危険率を高め、結果として全体の活動力を低下させてしまいます。これではせっかくのロコモ対策が本末転倒になってしまいます。ですから正しい姿勢、正しい歩き方でウォーキングを行うことが大切なのです。

次回はその脊椎ストレッチウォーキングの具体的方法についてお話しします。

その6

それではこれから脊椎ストレッチウォーキングのやり方をご紹介します。

以下に紹介する脊椎ストレッチウォーキングの3つのポイントはそれぞれ大切ですが、何よりもその順番が大切です。必ずPoint1、Point2、Point3の順番に意識してください。

【Point 1】

下腹を下から持ち上げるように引き締める

歩幅を広くするためには、歩いているときの歩幅、つま先の高さを調節する大腰筋の位置を整えることが大切になってきます。そのためには、腹を横に締める運動が必要になります。この動きをする筋肉は身体の中にあり動く範囲も狭く、僅かで大変意識しにくい筋肉で、腹横筋と呼ばれる筋肉です。 横についている腹横筋は横に動かさないと刺激することはできません。単に腹を出したり、引っ込めたりするだけでは重力に対して下に引っぱられている分だけ不十分になります。ですから腹を締めるという動きに加えて、下から持ち上げるような意識を持つことが大切です。 つまり腹横筋を誰でも手軽に効率よく刺激できる唯一の運動が「下腹を下から持ち上げるように引き締める」ことです。こうすることによって腹横筋が鍛えられるとともに大腰筋を正しい位置に整え、骨盤を正しい位置に戻すことにより自然に歩幅が広くとれるようになるとともに腰痛の予防、改善にも効果が期待できます。また、股関節への負担を軽減します。

【Point 2】

頭頂部をひもで引き上げられるように背筋をしっかり伸ばし、軽く胸を張る

下腹を下から持ち上げるように引き締めた意識をそのまま腰椎、胸椎、頸椎を通って頭頂部をひもで引き上げられるように意識して強化していきます。パソコン作業など前かがみの多い日常生活により前に出ていた頭の位置を、重心に対して真上に乗るように整えます。これによって首、肩の筋肉の緊張を軽減し、肩こりや偏頭痛を予防、改善も期待できます。 さらに、「軽く胸を張る」意識を加えることによりその姿勢を強化します。ただ、決して強く胸を張る意識は必要ありません。強く意識しすぎると最も大切なPoint1の姿勢が乱れて腰椎が前に押し出されてしまいますので気を付けてください。

【Point 3】

膝を軽く伸ばし、足先を引き上げ、踵から着地し、着地した踵の上にすばやく腰を乗せていく

Point1、Point2で動きの自由度の高くなった脚の動きの意識のポイントです。 膝は曲げた方が圧力がかかる構造になっています。ですから、膝関節内で最も負担のかからない膝の位置は伸ばした状態です。大腿四頭筋(太もも)の筋力が低下すると膝関節は伸びにくくなります。これを予防するためにまず膝を伸ばすことを意識します。ただ、強く意識しすぎると着地時のトラブルに対応できなかったり、後ろから前に足を運ぶ反動で、膝蓋骨(お皿の骨)が中に入りすぎて反対に膝を痛めることがあるのであくまでも「軽く伸ばし」です。

続いて転倒への直接の原因となるつまずきを予防するため、足先を引き上げる(足首を背屈させる)前脛骨筋を意識します。前脛骨筋は、足先を押し下げる(足首を底屈させる)ふくらはぎの筋肉である大きな下腿三頭筋に拮抗して働く小さな筋肉で、立つ、歩く上で大変重要な役割を持っていますが、非常に動きの悪くなりやすい筋肉です。

そして、着地ですが、膝を軽く伸ばし、足先を引き上げることができれば自然に踵から着地することを意識しますが、着地位置が重心に対して前過ぎるとブレーキがかかり、膝、股関節への負担が増大してしまいます。そこで「着地した踵の上にすばやく腰を乗せていく」意識をすることが大切です。 ただ、このPoint3を意識しすぎてPoint1、Point2がおろそかにならないように注意してください。

<以下参考図>

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現在、ロコモの人口は予備軍も含めて約4700万人と言われています。ロコモに特に関係が深い疾患は、高齢者に多い膝、腰、骨の病気、つまり変形性膝関節症、変形性腰椎症、骨粗しょう症と考えられています。この調査によると、それぞれの病気の推計人口は、変形性膝関節症は約2500万人、変形性腰椎症は約3800万人、骨粗しょう症は約1300万人となっています。

このうち変形性膝関節症や、変形性腰椎症の予防のためにぜひ行ってほしいこと、それはストレッチ運動です。ストレッチの効果として、血行がよくなる、腰痛や肩こりの改善、関節可動域が広がる、ストレスの軽減、安眠などが挙げられます。

身体を柔軟にすることで、大半の腰痛は緩和されるというのは注目すべきです。柔軟性の欠如によって腰痛が生じ、ストレッチ運動によって腰痛の80%は緩和することができるという運動療法家もいるほどです。特に股関節と膝関節の周囲の屈筋群を柔軟にすることがポイントになります。また関節を柔軟にして、可動域を保つことで、正しい姿勢を保持することができます。

アメリカ関節炎財団では、身体の関節をあらゆる方向に動かす柔軟体操を毎日行うことをすすめています。日常生活における簡単な動作のみでは、関節が可動領域全体に動いていないため、関節運動としては十分ではないという考えからです。またストレッチで身体がほぐれてくると、心までスッキリしてくるのを実感できます。ストレッチでは深い呼吸によって意識的に空気を吐き出すことで、自律神経系を整えてストレスの軽減効果が見込めます。

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前回ロコモ対策としてのストレッチのお話しをしました。

ストレッチはぜひ毎日の習慣として取り入れてください。時間のある時に集中してやるのもいいですが、短時間でも朝、昼、晩と分けて行えば、その合計の時間が「今日1日ストレッチをした時間」になりますので、やらなくてはというプレッシャーも軽くなります。

中でも朝にストレッチを行う意義は大きいのです。朝起きた時の筋肉は自分で思っているよりも収縮しています。睡眠中に多少の寝返りを打ったとしても、基本的に同じ姿勢で長時間過ごしていますので、硬く縮こまってしまうのも無理はありません。

腰痛や関節痛は、慢性的に筋肉が固まってしまっている状態ですが、朝起きた時のこわばりが特にひどいのです。加齢によって発症率があがるリウマチなども、まずは朝のこわばりから症状がはじまります。それだけ朝の筋肉は縮んでいるということです。こうした加齢に伴う痛みや病気の予防、ひいてはそれがロコモの予防になるのですが、朝のストレッチによる筋肉のほぐしは有効です。

まず朝にストレッチをして、筋肉をのびのびとさせてあげましょう。さらに朝であれば気持ちも意気揚々としています。朝のうちに適度に身体を動かすことで代謝も良くなります。「今日も朝から身体に良いことをした」という前向きな気持ちで1日が楽しくなり、仕事の効率も上がる、そんな効果もありそうです。

ストレッチとは筋肉を伸ばすこと、関節が滑らかに動くようにすることです。関節の動く範囲=可動域をすべて使うような動きがベターです。ストレッチには、前に述べたように筋肉をほぐすだけでなく、血液循環を良くして、身体の隅々にまで血液(酸素)を行き渡らせる効果が期待できます。

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今回はロコモに特に関係が深い疾患のうち、骨粗しょう症についてお話しをしていきたいと思います。

1993年にWHOが「骨粗しょう症は骨密度が低下する疾患」と定義しましたが、2000年にNIH(米国国立公衆衛生研究所)で開催されたコンセンサス会議において、骨粗しょう症は「骨強度が低下する疾患であり、骨強度は骨密度と骨質からなる」と明記されています。

骨密度は、成人に達するまで増加し、それ以降徐々に低下していきます。しかし、その低下の度合いは、男性と女性では異なり、男性では加齢に従って徐々に低下する一方、女性では閉経前、閉経周辺期、閉経後でその減少率が異なります。女性は閉経前後で大きく骨密度が低下するのです。ですから骨粗しょう症の有病率は40歳以上の男女で比較した場合、男性より約4倍も女性の方が多いと言われています。

また、骨密度以外に骨強度に影響を与える因子として、最近骨質の重要性が論じられています。その骨質をみていく上で、骨基質の主要な構成成分であるコラーゲンの善し悪しが重要とされるようになってきました。コラーゲンは骨の体積あたり50%を占める主要な線維タンパクで、α鎖3本から成る3重らせん構造をとっています。細胞外に分泌されたコラーゲン分子は、規則正しく配列する際に、隣り合う分子間や分子内に架橋結合を形成します。この架橋には骨強度を高める善玉架橋と、骨を脆弱にする悪玉架橋があります。

悪玉架橋は、糖尿病や糖質過剰摂取などの生活習慣などにより、過剰に形成され、コラーゲンからしなやかさを失わせ、硬くてもろい状態へと変化させてしまうのです。

骨粗しょう症は、初期には無症状ですが、最大の合併症として大腿骨頚部骨折と腰椎圧迫骨折があります。高齢者におけるこれらの骨折が寝たきり老人を作る最大の原因となっているのです。

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従来骨粗しょう症は、加齢や老化に伴う生理的な変化と考えられてきました。しかし、その病態が判明しつつある現在では、骨そのものの避けがたい老化ではなく、病気として理解され、予防も治療も可能になってきました。骨粗しょう症を予防するためには、普段の生活習慣として次にお話しすることを取り入れていきましょう。

カルシウムが骨に沈着する際に重要な働きをするビタミンDをはじめ、ビタミンC・B・E・K、良質なたんぱく質などが含まれたバランスの良い食事を心がけましょう。また、カルシウムはもちろん、鉄、マンガン、亜鉛、マグネシウムなどのミネラルも忘れずに摂取してください。

ビタミンDはサケやサバ、ウナギやイワシ、卵黄などに含まれています。マグネシウムはヒジキやホウレンソウ、納豆、牡蠣などに、ビタミンKは納豆に含まれています。

また塩分の過剰摂取も気をつけましょう。血液中のナトリウムとカルシウムのバランスは一定に保たれています。しかし、塩分の摂り過ぎで血液中のナトリウムが増えると、そのバランスを保つため、骨に蓄えたカルシウムが血液中へ溶け出します。この状態が続けば、骨のカルシウム量は減少し、骨粗しょう症のリスクを高めることになるのです。

日本人の平均的な食生活では、カルシウムの摂取不足および塩分の過剰摂取が言われています。ですからこの点を是非意識して食生活の改善を行ってください。

それと忘れてならないのは、骨質を良い状態に保つためには、骨中にあるコラーゲンの劣化を避けるということです。コラーゲンを劣化させてしまう大きな原因として、糖尿病や糖質の過剰摂取があります。すなわち血糖値を急激に上げない食事を心がけることが大切です。炭水化物や甘い物を大量に食べることはもちろん、早食いも禁物です。ゆっくりよく噛んで、血糖値の上昇を緩やかにしてくれる野菜や海藻、キノコなど食物繊維が多く含まれている食品を多く摂りましょう。食べる順番も大切です。食物繊維が含まれている食品から始めて、たんぱく質、炭水化物の順番で食べるようにすると同じカロリーの食事でも血糖値は緩やかに上がります。

骨には骨を作る骨芽細胞と、骨を破壊する破骨細胞があり、この2種類の細胞の働きにより、骨は常に破壊と形成がなされて、代謝の均衡を保っています。適度な体重負荷のかかる有酸素運動(ウォーキングやジョギングなど)を行うと、骨芽細胞が活発化するとともに骨血流が増加して骨形成が促進されますので、それらの運動も心がけましょう。

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この連載ではロコモティブシンドロームのお話しをしてきましたが、同じシンドロームでも、皆さんはメタボリックシンドロームについては良くご存知かと思います。メタボリックシンドロームは、内臓脂肪型肥満を共通の要因として高血糖、脂質異常、高血圧が引き起こされる状態のことを言います。

平成16年の国民健康・栄養調査によると、メタボリックシンドロームが強く疑われる人と予備群と考えられる人を合わせた割合は、男女とも40歳以上で高く、特に中高年の男性で高くなっています。40~74歳で見ると、メタボリックシンドロームが強く疑われる人は約940万人、メタボリックシンドローム予備群と考えられる人(内臓脂肪型肥満に加え、高血糖、高血圧、脂質異常のうちいずれか1つが該当する人)は約1,020万人で、あわせて約1,960万人と推計されています。40~74歳の男性の2人に1人、女性の5人に1人が、メタボリックシンドロームが強く疑われるか予備群と考えられています。

このメタボリックシンドロームとロコモティブシンドローム、全く関係のないように思えるかも知れませんが、実は関係をしています。肥満になると、体重が増えた分、腰や膝に負担がかかり、ロコモティブシンドロームの原因になるのです。

メタボリックシンドロームの原因は、食べ過ぎや運動不足など、悪い生活習慣の積み重ねですから、適正カロリーの摂取、運動を行うことがメタボリックシンドロームの予防となります。そして、それはそのままロコモティブシンドロームの予防ともなるのです。次回はロコモやメタボを誘引してしまう悪しき食習慣から脱却し、その予防を行うためのお話しをしたいと思います。

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今回はロコモやメタボを誘引してしまう悪しき食習慣から脱却し、その予防を行うためのお話しをしたいと思います。

1.適正カロリー摂取を心掛ける

まずは過剰なカロリー摂取は肥満のもとですから、適正カロリーの摂取を心掛けることが大切です。適正カロリーは性別・年齢・生活強度などから、その人にあった1日の適正カロリーが算出されますが、男性(身長170cm)で2時間以上の歩行や立ち仕事がある人(営業職や接客業など)で、大よそ1600~2000Kcalくらいになります。最近は外食の際もカロリー表示をするお店が増えていますし、買い物の際もカロリーが記載されているものが多いので、適正カロリー摂取の参考にしましょう。

2.バランスの良い食事を心がける

私たちが健康に生きていくために欠かせない栄養素は、炭水化物、脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラルのいわゆる「5大栄養素」です。これらが運動器をはじめ様々な身体の機能を保つのに欠かせない栄養素です。これらの栄養素をできるだけ毎日3回の食事から補給することが大切です。特に炭水化物、脂質、タンパク質を1日で摂取する比率が6:2:2になるよう心掛けましょう。

3.よく噛んでゆっくり食べる

メタボリックシンドロームの方や肥満の方に食習慣についてアンケートをすると、ほぼ共通したキーワードが出てきます。それは「早食い」です。なぜ早食いが悪いかと言えば、早食いをすると、15~20分かけて満腹感を脳に伝えるレプチンという物質が、脳に到達する前にどんどん食べてしまい、満腹感が脳に伝わった頃には食べ過ぎてしまっているという状態になってしまうからです。また、早食いをすると血糖値が急激に上昇し、血糖値を下げる働きのあるインスリンが大量分泌されて、中性脂肪が作られやすくなり、これが内臓脂肪となってメタボや肥満を助長します。また血糖値の急激な上昇は、前回骨粗しょう症の中でお話しした、大切な骨をもろくしてしまう糖化という現象を引き起こします。

4.食べる順番を考える

食べる順番も大切です。血糖値が上がりやすい食品を後に回すのです。 先ほどお話ししたように急激な血糖値の上昇はメタボやロコモにとって大敵です。 とんかつ定食を例にしてみましょう。とんかつ定食が出てきたら、まずはキャベツを食べましょう。その際、ゆっくりと良く噛んでキャベツのもつほのかな甘みを楽しんでください。最近はキャベツのおかわりができるお店もありますので、可能ならおかわりして食べて下さい。その後はおもむろにメインのお肉を味わって、最後にご飯をおみそ汁とともにいただきます。 これが急激に血糖値を上げないコツです。できれば懐石料理やフランス料理のコースのように、1品ずつゆっくりといただくのが理想ですが、ご飯とおかずを交互に食べなくては気が済まない人は、まずは野菜類や海藻類など食物繊維が豊富なものから食べることを心がけてください。

5.骨に良い食事を心がける

前回の骨粗しょう症予防の際にお話ししたように、カルシウムはもちろん、カルシウムが骨に沈着する際に重要な働きをするビタミンDをはじめ、ビタミンC・B・E・K、骨の材料となる良質なたんぱく質などが含まれたバランスの良い食事を心がけましょう。また、塩分の過剰摂取に気を付けることや、加工食品などに食品添加物として含まれるポリリン酸ナトリウムやメタリン酸ナトリウムなどの重合リン酸塩を極力摂取しないことも気をつけましょう。

6.筋肉に良い食事を心がける。

基礎代謝という言葉をご存知ですか?基礎代謝とは、人が安静状態で1日に消費するエネルギー量のことです。この基礎代謝、実は年齢が上がると次第に低下していきます。20歳ぐらいまでは何を食べても太らなかったのに最近は同じように食べてもすぐ太る、そんな経験はありませんか。それは基礎代謝が落ちて基本的な消費エネルギー量が減り、余ったエネルギーが脂肪となって蓄えられるからです。基礎代謝の低下は40代から50代にかけて急激に早まりますから注意が必要です。安静時に最もエネルギーを消費するのが筋肉、逆に最もエネルギーを消費しにくいのが脂肪です。つまり、筋肉が多くて脂肪が少ないほど基礎代謝は高くなるというわけです。けれど、成長期を過ぎれば筋肉は年齢とともに減っていきます。とくに運動をしない場合、その量は年に1%といわれています。30年で30%、40年なら40%も筋肉が減って逆に脂肪が増え、基礎代謝が下がっていくというわけです。 これによって肥満は助長され、筋肉量は減少してロコモの大きな原因となります。ですから筋肉量を維持するためには、運動をすることはもちろん、筋肉の材料となるたんぱく質・アミノ酸をしっかりと摂ることが重要です。

最後に食事は美味しいものを食べることだけではなく、美味しくいただく事を考えて欲しいと思います。家族や親しい人たちと一緒に食卓を囲んだり、毎日の献立に変化をつけたり、色の濃い野菜などを取り入れて、能動的に食卓を彩り豊かにするとよいでしょう。

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これまでその危険性や対策を書いてきましたが、何となく「もっと高齢になってから心配になること」だと思っていませんか?実は、ロコモの初期症状は40代から始まる人が多いのです。骨・関節・筋肉の機能は40代に大きな曲がり角を迎えます。女性ホルモンの分泌が減って骨が弱り始めたり、体を支える筋力が衰えたり、ひざの関節の調子がおかしくなったり。皆さんの中にも思いあたる人がいらっしゃるのではないでしょうか?

また近年、子どもたちの運動のやり過ぎによるスポーツ障害と、食べ過ぎによる肥満など生活習慣の乱れから来る運動不足による子供のロコモが問題になりつつあります。

立つ、歩く、走るなど日常の動きを高齢になっても維持するには、子どものころから筋力や体の柔軟性を保つ必要があるのですが、体が極端にかたい、運動器の発達のバランスが悪い子どもたちが少なくない現状が明らかになってきています。これまでに書いてきたように、ロコモの予防には生活習慣が大切ですが、核家族化や不況によって両親が共働きとなって子供の食事に対して目が行き届かないケースや、ゲームの普及と外で遊べる場所が少なくなったことなどにより、子どもが外で遊ばなくなり、運動不足の子どもが増えています。またアイドルやモデルの低年齢化もあって、骨量を蓄えなければならない小学生高学年の子供までダイエットをするようになってきました。この時期の急激なダイエットは、骨量を減らし、将来のロコモを誘発する大きな原因となります。さらにこのような生活習慣が改善されないまま大人になれば、メタボやロコモの予備軍へ一直線です。

私が専門にしている抗加齢医学(アンチエイジング)は、老化の弱点を早めに見つけ、健康増進をして、健康長寿を達成することを目的としています。対象は子どもから高齢者までです。高齢になってロコモになってからでは遅いのです。 ロコモになってしまう危険因子は、骨・筋肉・神経です。早めに自分自身の弱点を見つけ、早めにその対策を行うことによって、将来にわたってロコモにならないようにしていきましょう。

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繰り返すようですが早めに弱点を見つけ、健康優良者でロコモになるリスクが少ない人にならなければなりません。今はまだ高齢じゃないから、運動器に問題がないからといって何もしなければ、ある日突然その日がくるのです。

では、どのようにして弱点をみつけるか?最近このロコモの啓発活動によって、ロコモ検診を行う医療機関が増えてきました。ロコモ検診の内容は医療機関によって様々ですが、「ロコモ度テスト」①立ち上がりテスト(脚力を調べる) ②2ステップテスト(歩幅を調べる) ③ロコモ25(身体の状態・生活状況を調べる)を行い、骨密度や骨代謝マーカーを調べて、カウンセリングを行うといったメニューが多いようです。こういったロコモ検診を行っている医療機関を探して受診することによって、早めのロコモ対策を行うことが大切になってきます。

私のおすすめは、アンチエイジングドックを受診することです。通常の人間ドックや健康診断が、ガンや生活習慣病の予防の早期発見と治療に主眼を置いているのに対し、アンチエイジングドックでは、年齢と共に自然に衰える正常な老化に加算された生活習慣などによる「病的な老化」を超早期に発見し予防していくという点が加わります。

つまりアンチエイジングドックは将来発症する可能性のある病気を極めて早い段階で診断・予測するというものです。ですので、ロコモについても早期に積極的な介入を行うことによって、大きくリスクをさげることも可能になってきます。

アンチエイジングドックでは、血管・骨量・筋力・脳(神経)・ホルモン量などを検査することによって、血管年齢、筋肉年齢、神経年齢、骨年齢、ホルモン年齢の機能年齢を調べます。それに加えて病的な老化を促進させる危険因子である酸化ストレス、糖化ストレス、心身ストレス、免疫、生活習慣のどこに弱点があるかも調べます。ここで、筋肉年齢、神経年齢、骨年齢が弱点の人は、ロコモのリスクが高いと言えます。その他にもホルモン年齢は、先ほど述べたように筋肉や骨と関係が深いですから、ここも要注意です。

アンチエイジングドックの良いところは弱点がわかれば、その弱点を改善できるよう医師や専門家のアドバイスや治療を受けられることです。その人の弱点や生活スタイルに合わせて食事や運動メニュー、サプリメントやストレスマネジメントなどあなたにとってオリジナルな生活習慣改善メニューを提示してくれるでしょう。アンチエイジングドックを実施している医療機関も全国で100以上ありますから、是非一度受診を検討してみてください。

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2007年に日本整形外科学会がロコモティブシンドロームを提唱し、ここ8年の間に日本整形外科学会、日本運動器科学会、日本臨床整形外科学会などがロコモの啓発活動に取り組んできた成果があがってきています。ロコモティブシンドロームの認知率は大幅に飛躍し、現在では「新国民病」などと呼ばれるようになってきました。

医療機関においては前回ご紹介したロコモ検診の他、原因疾患となる変形性腰椎症、変形性膝関節症、骨粗しょう症に対するリハビリテーションを中心とした保存療法や手術療法が行われ、介護施設などでもリハビリテーションを中心にロコモ治療が行われています。しかしながら、ロコモ対策では、医療機関中心の治療だけでなく、予防が大切なことをこれまでに述べてきました。今回からは、ロコモ対策への様々な取り組みを紹介したいと思います。

■地域での取り組み

宮崎県では産学官連携によるロコモ検診・予防に取り組んでいます。

①子供のロコモに対する取り組み

2007年度から「学校における運動器検診」を実施しています。2013年度までに約37,000名を検診し、運動器疾患の推定罹患率は約10%、しゃがみこみ動作ができない子供が約10%もいることが分りました。また、体力テストの結果から体力向上プランを作成し、各学校で取り組んだ結果、体力の向上が認められています。

②啓発活動

ロコモの概念の説明やロコモ予防体操を指導する公開講座を宮崎大学や宮崎県が実施しています。小中学校、高校などにも講師が出向き、運動器の大切さやロコモについて講義をしています。総合型地域スポーツクラブ、自治体の団体、民間のスポーツクラブを通じて地域への啓発活動も行っており、医療関係者のみならず、県民への普及活動を行っています。

③ロコモコール

ロコモコールとは、介護施設での通所リハビリテーションや訪問リハビリテーションに参加しない、もしくはできない高齢者に対し、自宅でできる運動機能向上プログラムを提供する取り組みです。看護師や理学療法士などの調査員が自宅に訪問し、聞き取り調査やロコトレ指導を行い、その後定期的に電話連絡(ロコモコール)を行って、ロコトレの実施確認を行うものです。ロコトレの継続率は非常に高く、運動機能の向上に役立つことが分っています。

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前回は宮崎県の一例を取り上げましたが、地域をあげてロコモ対策を行うところが他にも増えてきました。佐賀県では2013年9月から2014年3月までロコモ予防のために実践した運動や体操の記録を記入することのできるロコモカードを作成・配布しました。ロコモ予防の運動等を実践し、その結果を記入したロコモカードを提出された人には、抽選で景品がもらえる仕組みです。これによってロコモ予防の啓発・普及を行い、少しでもロコモのリスクを低減しようという取り組みです。また神奈川県横浜市では、ロコモ チャレンジ推進協議会とともに「よこはまロコモサポーター養成講座」を開設し、地域に根差したロコモ予防を拡げる市民サポーターを要請しています。

このように地域一体となってロコモ対策を行うことによって、ロコモのリスクを減らし、元気な高齢者を増やすことは、地域の活性化、ひいては今後の日本にとって非常に重要な取り組みとなっていくと思います。団塊の世代が一斉に後期高齢者となることによって、様々な問題が予想されるいわゆる「2025年問題」を乗り切るためには、介護のいらないもしくは少ない介護の高齢者を増やすことが必須となってきます。地域全体で予防に取り組み、また支えあう、こういった仕組みを広げていかなければなりません。

■ITを使ったロコモ対策

ロコモチャレンジ!推進協議会監修アプリ「ロコモチェック&トレーニング」が2014年7月から提供されています。このアプリは、ロコモ対策に特化したコンテンツで構成され、ユーザーが自身の“ロコモ度”を知り、その対策となるトレーニングの実践をサポートすることができるアプリです。内容は、この連載でも最初に紹介したロコモ度テストによるロコモ度の判定と片脚立ち、スクワットのロコトレ他、ロコモに効果のある運動を紹介しています。また、このようなアプリの最大の特徴は、ロコモ度テストや、ロコトレなどの結果がカレンダーに記録され、いつでも閲覧できることです。実はこの記録するということは予防において大変重要なことです。一時期メモリーダイエットというのが流行りましたが、記録し客観的に見返すことによって、モチベーションの維持に非常に大きな効果があります。糖尿病治療などでは、自己血糖測定計という自分で簡単に血糖が測定できる機器が普及し、自分自身で血糖コントロールができるようになってから、治療効果は飛躍的に高まりました。このようなアプリで手間なく、自動的に記録され、いつでも好きな時に見返せるようになったIT技術の進歩を健康増進で享受するのは素晴らしいことだと思っています。

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このように、ロコモ対策はいつでもどこでも身近なところから始められる環境が整いつつあります。しかしながらこれから誰も経験したことのない未曾有の高齢化社会を迎えるにあたって、これだけで十分なわけではありません。ロコモに限らず、疾患の治療は医療機関でないとできませんが、予防は企業活動やサービスの提供によって行うことができます。これをお読みの企業の方々にも予防の分野へ是非参入していただき、これまでに様々な業界で培ってきた技術をもとに素晴らしい製品やサービスを生み出していただきたいと思っています。それによって我々日本が高齢化社会とうまく付き合っていけるようになれば、この後に控えているアジア、そして世界の高齢化対策にその製品やサービスが輸出できるようになると思います。 運動器の機能低下が原因で、日常生活を営むのに困難をきたすような歩行機能の低下、あるいはその危険があることを指す『ロコモティブシンドローム』。ロコモになれば、著しくQOL(=生活の質)が低下し、老化を促進してしまうことになってしまいます。

これまでその危険性や対策を書いてきましたが、何となく「もっと高齢になってから心配になること」だと思っていませんか?実は、ロコモの初期症状は40代から始まる人が多いのです。骨・関節・筋肉の機能は40代に大きな曲がり角を迎えます。女性ホルモンの分泌が減って骨が弱り始めたり、体を支える筋力が衰えたり、ひざの関節の調子がおかしくなったり。皆さんの中にも思いあたる人がいらっしゃるのではないでしょうか?

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また近年、子どもたちの運動のやり過ぎによるスポーツ障害と、食べ過ぎによる肥満など生活習慣の乱れから来る運動不足による子供のロコモが問題になりつつあります。 立つ、歩く、走るなど日常の動きを高齢になっても維持するには、子どものころから筋力や体の柔軟性を保つ必要があるのですが、体が極端にかたい、運動器の発達のバランスが悪い子どもたちが少なくない現状が明らかになってきています。これまでに書いてきたように、ロコモの予防には生活習慣が大切ですが、核家族化や不況によって両親が共働きとなって子供の食事に対して目が行き届かないケースや、ゲームの普及と外で遊べる場所が少なくなったことなどにより、子どもが外で遊ばなくなり、運動不足の子どもが増えています。またアイドルやモデルの低年齢化もあって、骨量を蓄えなければならない小学生高学年の子供までダイエットをするようになってきました。この時期の急激なダイエットは、骨量を減らし、将来のロコモを誘発する大きな原因となります。さらにこのような生活習慣が改善されないまま大人になれば、メタボやロコモの予備軍へ一直線です。

私が専門にしている抗加齢医学(アンチエイジング)は、老化の弱点を早めに見つけ、健康増進をして、健康長寿を達成することを目的としています。対象は子どもから高齢者までです。高齢になってロコモになってからでは遅いのです。ロコモになってしまう危険因子は、骨・筋肉・神経です。早めに自分自身の弱点を見つけ、早めにその対策を行うことによって、将来にわたってロコモにならないようにしていきましょう。